人材採用

20代の早期選抜と海外経験を強化する日産の取り組み

最終更新日:2022年10月21日

溝上憲文 人事ジャーナリスト

溝上 憲文 人事ジャーナリスト
新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)など。

業種を問わず多くの日本企業が海外市場に成長の機会を求めるようになる中で、次世代の経営リーダーにはグローバルな競争環境で戦える能力が必須となっている。こうした人材の発掘と育成を急ぐ企業にとって、いち早くグローバルリーダーの育成を推進してきた日産自動車が直面した課題やそれを解決しようとする取り組みが参考になる。(文:日本人材ニュース編集委員 溝上憲文、編集:日本人材ニュース編集部

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経営リーダー育成の仕組みは機能しているのか

経営リーダー人材の戦略的育成が叫ばれてから久しい。日本企業は1990年代から経営人材の早期選抜を行い、OFF-JTによる特別教育研修とタフアサインメント(成長を促す配置)による育成に取り組んできた。確かに早期選抜育成人材が今では会社の枢要なポジションに就いているという話はよく聞く。

だが、自社ではそうであっても、その人材が外に飛び出し、プロ経営者として活躍している事例は外資系企業出身者よりも少ない。また日本企業の経営者を経て他社の社外取締役に収まるケースはあるが、経営者として陣頭指揮を振るっている例はあまり聞かず、本当は経営リーダーは育っていないのではないか、人材育成の仕組みがうまく機能していないのではないかという疑念も生じる。

特に国内市場が縮小する中で海外市場に今後の成長を求める日本企業が増える中で、グローバルリーダーの育成は急務であり、どのような取り組みを加速させるべきなのだろうか。その参考になるのが、いち早く次世代の経営リーダーの育成を推進してきた日産自動車が直面した課題やそれを解決しようとする取り組みだ。

2000年にリーダー人材の発掘と育成を推進する仕組みを立ち上げた日産

日産はカルロス・ゴーン元社長兼CEOの陣頭指揮の下で1999年にリバイバルプランを策定。V字回復を達成するとともにグローバルな組織・人材マネジメントの大変革と次世代の経営リーダー育成に注力してきた。2000年に立ち上げたリーダー人材の発掘と育成の中核をなすNAC(ノミネーション・アドバイザリー・カウンシル)は有名だ。

ここでは①次世代リーダーの発掘と育成プランの作成、②グローバルな主要ポストの後継者プランの作成を担ってきた。次世代リーダーの育成は日本、アメリカ、欧州など世界の各地域で実績を上げている社員の中から将来のビジネスリーダー候補(HPP=ハイポテンシャル・パーソン)を登録。HPPの候補者は日本の場合は30歳以降の課長補佐、課長層が対象になり、登録者はコーポレートレベルで250人を超える。

登録されるとファンクションやリージョンの社員ではなく、コーポレートの財産という位置づけになり、育成のためのグローバルな配置や特別なトレーニングプログラムを受けることになる。 しかし、この取り組みの結果について、2016年にゴーン元社長は筆者に次のように語っている。

「私の唯一残念な点は日本人の経営リーダーが十分に育っていないことです。開発やデザイン、生産部門の長などモノづくりの分野には十分いますが、たとえば中国の長、タイの長、フランスの長、イギリスの長といったポストに十分な日本人がいない。ときにはサクセッションプラン(後継者育成計画)の中には日本人が全然いない場合もある。世界的に見ても日本人のビジネスリーダーが少ないのです」

国内市場は縮小し、海外販売比率が9割

●日産自動車 地域別販売実績・販売見通し

(出所)日産自動車「アニュアルレポート2019」

日本人の経営リーダーが育たなかった3つの理由

ではなぜ、日産では日本人の経営リーダーが十分に育たなかったのだろうか。
その理由は大きく3つある。1つ目は日本の新入社員は社会経験のない新卒学生であるのに対して、アメリカやヨーロッパの新人はほとんどが職業経験を持つMBA出身者である点だ。たとえばアメリカ日産ではハーバード、スタンフォード、MITなどのビジネススクールの学生の中で、民間の製造業の経験者を対象に選考している。

海外の学生はMBAの勉強だけではなく、マネジャー経験のある人も多くいる。日産の人事担当役員も「小さい組織であってもフロントラインで身体を張って業務の達成責任を果たしてきた経験の差は大きいものがある」と指摘する。そうした経験の差は成長度合いにも影響する。同じ30歳でも日本人と外国人の能力差が発生し、HPP登録候補者に外国人がノミネートされやすい。

2つ目はNACのHPP候補者になる日本人の年齢が比較的高く、20代の若手人材の育成体系が明確ではなかったことだ。ゴーン元社長も「NACの未達成の部分は年輩者だけではなくもっと若者も対象にするべきだった」と語っている。

3つ目は若手を含めた日本人の海外の経営職の経験が不足していたことだ。従来は研修生という形で海外に派遣していたが、フロントラインの仕事ではなかった。部・課長レベルであってもアドバイザーという名前で現地のラインの部長の補佐的仕事に従事していた。

ゴーン元社長もこれでは経営リーダーは育たないと言う。「多くの人間をインドネシア、タイ、マレーシアなどに派遣してきましたが、それでも想定ほどには十分成功しなかった。なぜならいわゆる陰のマネジメントやスタッフをやっていても結局役に立つ人材には育たない。責任あるポストに就けて自ら決定を下すことが大事です。車の運転と同じです。助手席に座って見ているのと自分が運転するのとでは全然違います」

タフアサインメントといってもリーダーの補佐役ではなく、自らリーダーとなって修羅場を踏むことが大切なのだと言っている。

20代対象の育成強化プログラムを2015年に開始

こうした教訓やNACの制約を踏まえて、ゴーン元社長の指示で始まったのが「日本人を育成する特別のプログラム」だ。2015年に「ジャパンタレントマネジメント」を設置し、ハイポテンシャル人材の発掘と育成を開始した。一言で言えば、20代の若手社員を対象にした早期選抜と配置によるグローバルリーダー育成強化プログラムだ。

プログラムは入社3 〜5年目から始まる。優秀な社員を選抜し、海外事業所に4カ月派遣し、実務を経験させる。帰国後は本格的な2年間の海外勤務と2年間の他部門勤務の計4年間のローテーションプログラムを経験する。

プログラムといっても従来のような補佐的役割の経験ではない。海外勤務ではチャレンジングなタスクを与えるとともに、将来のリーダー候補としてワンランク上のポジションに配置する。たとえば日本で営業をやっていた人間がアメリカで一つ上のポストで営業を2年間経験し、帰国後は他部門で同じように2年間経験する、あるいは新興国に赴任する。

計4年超の経験を経たプログラムが終了するのは20代後半から30歳ぐらいだ。この間の実績は常にジャパンタレントマネジメント部によってチェックされる。15年に本格的スタートを切ったが、選抜人材の6割が海外に赴任し、20代の若さで実践的な経営の修羅場を経験している。

20代で実践的な修羅場を経験させ、優秀人材はさらに高いポジションに配置

●日産の20代日本人リーダー育成の取り組み

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入社3〜5年目のうち、 選ばれるのは1割

プログラムに選ばれるのはもちろん全員ではない。対象者はトータルで100人程度だ。総合職の年間採用数は350人程度であり、入社3年から5年目の社員は3年間で約1000人。選抜されるのは1割ということになる。

選抜方法は成果とポテンシャルに優れた人材を対象に人事部主導で選考する。最初はオンラインによるアセスメントテストを実施し、次に1日間のロールプレイトレーニングを行う。参加者に会社の社長や部長などの役割を振って、具体的な課題にどう対応するのかを第三者の外部の人にチェックしてもらう。

その後にグローバルリーダー候補として外国人の人事担当者の面談を経て最終的に決定される。重視されるのは、担当業務での成績に加え、将来どれだけ伸びるのかというポテンシャルだ。4段階の選考を経て4カ月の海外勤務。そして4年間の高いポジションでの高度かつハードな業務の経験を通して日産の将来の経営幹部候補を育てていくというシナリオだ。

成績優秀者は30歳前後にNACのHPPに登録され、さらに高いポジションに配置して活躍を促すことになる。40歳前後に海外の販売会社の社長や国内の関連サプライヤーの社長、あるいはプログラムダイレクターと呼ぶ車の開発総責任者などコーポレートのリーダーを育てていく。もちろんゴールは経営会議のメンバーであり、経営者である。

経営リーダーに求められる能力を具体的なプログラムに落とし込む

ところで、経営リーダー育成で不可欠なのが、あるべき経営者像の明確な定義だ。業界やビジネスモデルによって必要なリーダーシップは異なるが、自社の経営者の人材像が不明確な日本企業も少なくない。

ゴーン元社長は日産および自動車業界のリーダー像についてこう語っていた。「自動車業界は常に変化しています。技術の変化も日進月歩で、5年前とも全然違いますし、おそらく3年後も違う。消費者の嗜好も変化します。そのため、1つ目の要件は環境を理解する力、とくに何が変化をもたらしているかを把握する力です。

たとえば気候変動など地球環境変化に対応することも求められています。またビッグデータやAI(人工知能)をビジネスプロセスにどう織り込んでいくかも問われている。そして自動運転車やつながる車をお客様がますます期待するようになる変化も起きています」

「2つ目の要件はそうした環境変化を理解するだけではなく、それに対して会社としてどう対応するかを考える力、そして勇気を持って一歩踏み出し、実行させる、変革させる力が必要です。3つ目の要件はやはり実績を出す力。単に理解して実行に移すだけではなく、実際に実績を出す、価値を生み出す力です。この3つの力がリーダーにとっては極めて重要です」

リーダー共通の能力もあれば、自動車業界ないしは日産に求められる具体的能力を示している。こうした能力を具体的なプログラムに落とし込み、OFF-JTと実践の場で養成していくことが求められている。

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溝上憲文

人事ジャーナリスト/1958年生まれ。明治大学政経学部を卒業後、新聞、ビジネス誌、人事専門誌などで経営、ビジネス、人事、雇用、賃金、年金問題を中心に執筆活動を展開。主な著書に「隣りの成果主義」(光文社)、「団塊難民」(廣済堂出版)、「『いらない社員』はこう決まる」(光文社)、「日本人事」(労務行政、取材・文)、「非情の常時リストラ」(文藝春秋)、「マタニティハラスメント」(宝島社)、「辞めたくても、辞められない!」(廣済堂出版)。近著に、「人事評価の裏ルール」(プレジデント社)。

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